万博から地域へ。これからはじまる、「想うベンチ」と地域との関係。 ―ベンチ引継ぎ先の紹介―

ベンチのこと

座った方々にさまざまないのちに想いを馳せてもらいたいと作られた「想うベンチ」。当プロジェクトでは、そんないのちを想うきっかけを、大阪・関西万博の会場から地域へ繋いでいけるよう、プロジェクトスタート時から模索。引き継ぎたいと手を挙げてくださる地域のみなさんと出会うことができました。それぞれの場所でこれから使われる「想うベンチ」。どんな場所でどんな方たちとの時間が流れていくのだろう。ベンチとみなさんとの関係はまだまだこれからですが、2025年10月の万博閉幕後、移設してすぐの様子をのぞかせていただきました。

文:桂 知秋・松本理恵(想うベンチ編集部)

いきものの不思議にふれる。ベンチではじまる探究のじかん。

新檜尾台小学校(大阪府堺市)

泉北ニュータウンにあり、豊かな自然に囲まれた堺市立新檜尾台小学校。校庭の一角に「みんなのオリーブの森」が完成したのは2025年3月。当初からこのプロジェクトに関わり、オリーブの植樹を手掛けた北野緑生園の北野裕之さんとの出会いをきっかけに「ぜひこの場所で」とベンチを引き継いでいただくことになりました。

オリーブの森では、日々子どもたちが「実がたくさんなる方法はあるかな?」「オリーブの葉で発電できるかも⁉」と、身近ないのちにふれるなかで考え、さまざまな活動のアイデアを膨らませています。

地域の方や制作関係者も招かれたベンチの引き継ぎ式では「なぜベンチに模様をつけなかったのですか?」と児童から質問が。「年輪で時間を感じたり、森での樹の姿を想像したりできるよう、できるだけ“樹のありのまま”を形にした」と「TREE」への想いを語ったのはデザイナーの松井貴さん。制作を担当した家具職人の服部智樹さんからは、オリーブの搾りかすを使ったベンチのお手入れの話も。「みんなでどうしたらいいんだろうって考えながら手入れをしていけば、50年、100年と使えるベンチだと思う」。真剣に耳を傾ける子どもたち。代表の児童は「ベンチだけでなく、想いもぜんぶ引き継ぎたい」と締めくくりました。

近隣の幼稚園、保育園の子どもたちの散歩コースにもなっているオリーブの森。「この空間をできる限り開いていきたい。地域の方からは『ここで俳句を詠みたい』という声もあります」と古谷校長先生。「この場所もベンチも長く受け継いでいくためには、学校だけではなく地域の方と一緒に、というところが大切なんです。探究は一人でしてもいいんだけど、みんなでやってもいい。世代を超えた人たちが語り合い、つながる場所にしたいですね」。

地域のお祭りで開放されたオリーブの森。
ベンチの木目に開いた小さな穴をのぞきこんで「あっ、今小さいクモが入っていったで」。
引き継ぎ式のパネルディスカッションでは、ベンチ制作に関わる人たちの仕事や想いが語られ、「頭の中で想像してみることを大切に」など児童へのメッセージも。
デザイナーの松井さん、家具職人の服部さんに感謝状と手づくりリースが贈られました。
夏休み中は児童と一緒にオリーブに水やりをしたという地域のみなさん。「俺はオリーブの樹と会話できるんや(笑)」と話す人もいるなど、喜んで協力されているそう。
ドローンを使った記念撮影。校庭の奥に広がるのはメタセコイアの並木が美しい新檜尾公園。

日々変化する木の姿。落ち葉もベンチも、循環するいのち。

とよなか文化幼稚園(大阪府豊中市)

「想うライター」が理事長の松田総平さんに取材させていただいたことをきっかけに、ベンチを引き継いでくださることになった、とよなか文化幼稚園。木がたくさん使われた園舎の保育室には、「家具の森」と呼ばれる秘密の通路があったり、どんぐりや松ぼっくりなど、自然を感じるものがあふれています。そして園庭には80年の歴史を感じる大きな木々。その側に想うベンチ「FILLET」が設置されていました。

ベンチが設置された当時、こんなエピソードがあったと先生が教えてくれました。「園児に万博が大好きだった子がいて。万博が閉幕したのが悲しかったみたいで落ち込んでた時期がありました。そんな時、このベンチが来たんです。『万博、終わらんかったんやな』ってつぶやいて、すごく喜んでました」。卒園アルバムは自分のお気に入りの場所で撮影するそうですが、その彼は「想うベンチ」を選んでくれたそう。

今は、園児たちの遊び場になったり、ちょっと休憩する場所になったりしている想うベンチ。“時間とともに変化する木の存在を肌で感じてほしい” ー そんな想いが込められた「FILLET」は丸太を建築資材用に製材してからベルトで縛ったベンチで、解体を前提に設計されていますが、「すぐに解体するより、いつかは木が朽ちてきて自然と形が崩れるだろうし、その時に子どもたちと解体してどう使うかみんなで考えようと思っています。」と松田理事長。「いつかは全て朽ちて土に還っていく日もくるでしょう。それこそが循環だし、子どもたちにはそうやって日々の変化を肌で感じてほしいと思っています」。

園庭には、イチョウやウメ、ナンキンハゼやケヤキなどの木々が。
自分たちでどんどん使い方を見つけているそうで、「ベンチって座るだけじゃないなあって、子どもたちの姿を見て感じたりすることもあります」と先生。
走り回って遊ぶ子どもたちが、ふと座る場所に。ちょっと立ち止まる場所があるということで時間の余白が。
時間をかけて少しずつ園児たちが積み上げていっているという積み木のタワー。園舎の中にも時間という目に見えない存在を感じられる箇所がたくさんありました。
園庭をぐるりと囲む形で建てられた園舎。同じ敷地内には保育園もあります。

ついた傷も、手の跡も。積み重なってここにしかないベンチに。

伊丹 森のほいくえん(兵庫県伊丹市)

無垢の床材が貼られた木造平屋の園舎。子どもたちと庭師で今後小さな森にしていくという自然豊かな園庭。伊丹森のほいくえんは、とよなか文化幼稚園の理事長でもある松田総平さんがつくった保育園。ぜひここに「TREE」を、とお話をいただき、万博閉幕後、こちらに移設されたのが10月。

「ここに置いた時、『これはベンチだよ』とは言わずに、どう使うか、大人たちは見守ってたんです」という園長の関さん。「まずは橋にしたり、登ったり、このベンチが遊びの中心に。ベンチのある風景に慣れてきた今は、鬼ごっこの集合場所になったり、テーブルみたいにいろんなものを並べる子もいます。スタッフもここに座って木のおもちゃづくりなどの作業をしたり」。座るだけなら椅子でもいい。でもベンチだから生まれたシーンもあると関さんは語ります。「ベンチって二人以上が腰掛けるからこそ自然とコミュニケーションが生まれるんだなって、つくづく思いました」。

こちらの保育園では、以前の園舎で使っていた床材で作った机や椅子などが置かれています。「普通だったら捨ててしまうものかもしれない。けれど、このテカリ、これはたくさんの園児たちがこの上で育ってきた証なんですよね。だからこの床材は私たちにとっては財産なんです」と松田理事長。単なる「物」ではなく、そこに宿っているストーリーや時間に想いを馳せるということ。人と樹の関係を考えるきっかけになればという想いでデザインされた「TREE」も、これからその時々の関係性を刻み込んで、この場所だけの存在になっていくのかもしれません。

ジャンプ台に、おままごとに。6メートルあるベンチは同じ空間でも、それぞれのシーンを生み出していました。
園庭にはいわゆる「遊具」はなく、いろんな種類の樹や野菜が植えられています。
1歳の園児も登りたがるそうで、落ちてもいいように周りにはウッドチップが。
何して遊ぶ?まずはここで相談。
園庭で拾ったふうせんかずらの種の「ジュース」と、泥の「チョコ」もベンチに染み込んで。
伊丹の稲野駅から徒歩5分ほど、住宅街の中にある保育園。

100年後の子どもたちの未来を一緒に考えていきたい。― 松田総平さんインタビュー 

伊丹森のほいくえん事務所にて。この部屋の机や椅子も以前の園舎の床材から作られたものだそう。

「想うベンチ」のことを知ってエイチ・ツー・オーのみなさんとお話させてもらった時、このプロジェクトは「大阪森の循環促進プロジェクト」の一環だと伺いました。実は私たちも2023年に「園庭に小さな森を」というプロジェクトを立ち上げ、100年後の地球や子どもたちの未来を想い、活動しています。お互い同じ方向を見ているのだと知り、それならご一緒できるのではと、想うベンチを引き継ぎたいというお話をさせていただきました。

私も保育園も100年先にはどうなっているのかはわからない。500年、1000年生きる樹からすると、私たちって一瞬です。だからこそ、子どもたちに社会を良い方向 ― 何が「良い」のかという価値観は難しいのですが ― に持っていける力を身につけてほしいと思って、保育園や幼稚園を運営しているし、そういうことを学べる環境を大切にしています。

だから、ベンチを引き継ぐ話になったときに、きれいに塗装して室内で使うのではなく、園庭に置いていつか朽ちていくような使い方をしたいとお伝えしました。木材の手触り、風雨で少しずつ変わっていく色…そうやってベンチが変わっていく姿を子どもたちに日々感じてほしいという想いでした。自然は、毎日、もっと言うと1秒ごとに変化しています。その違いを感じることができる環境がとても大事だと思っています。なぜなら違いがあるから感性が立ち上がり、「!」や「?」が生まれ、好奇心が増幅する。この感性や好奇心がこれからの社会を豊かにしていってくれるのだと思います。

ベンチはいつか土に還る日がくる。自然と人との接点をやわらかくつなぐメディアとして「想うベンチ」が存在してくれるように願っています。

「園庭に小さな森を」プロジェクトの会員証。なんと偶然「想うベンチ」のスプーンワークショップで講師を務めた米地徳行さん作だそう。
本棚の上には松田さんにお気に入りのものがずらり。真ん中の陶器は「何かの蓋なんですが、たまたま拾って。上についている小さな蟹、すごいでしょ?これを作ったひとはどういう想いでつくったんだろうって」。

松田さんが「子どもから得る学び」を発信しているnoteはこちら>>