「想う」からはじめる、樹と人との新たな関係 「『想うベンチ』が問いかける未来:樹と人の関係を再構築するデザインの力」トークイベントレポート

ベンチのこと

大阪の森を訪ねることからスタートした「想うベンチ」プロジェクト。樹を育てる方の想い、製材する方の想い、地域で暮らす人たちの想い、たくさんの「想う」を重ねながら進んできました。今回はその中でベンチのデザインに焦点をあてたトークイベントを、「想うベンチ」設置場所である大阪・関西万博で開催。それぞれの想い、そしてプロジェクトをどう未来に繋げていきたいかを話し合いました。

これまでのサイクルを反転させることで、どんな循環が生まれるのか。

写真左から服部氏、荒木氏、木田氏、松井氏、辰野氏、佐野氏

大阪は面積の約3割が森林。決して多いほうではありませんが、都市部に近いのが特徴です。「大阪の森は生活に密着した森だったということだと思います。だからこそ、その在り方の未来へのビジョンを今考える価値があると思っています」というのはプロデューサーを務めた服部氏。最初に決めたコンセプトは“樹のためのデザイン”。「昔、森は生活の資源でしたが、だんだんと家をつくるための森になってきた。物づくりってそういう側面があって、“こんなものを作りたい”という目標を立ててから、“じゃあそれを作るにはこういう材料を仕入れよう”という流れが一般的です。今回『想うベンチ』はそういうサイクルを反転させて“材料のためにデザインをすることができればどういう循環が生まれるか”ということを発想したのがスタートでした」。

そのためにデザインを依頼したのはさまざまな分野や経験を持つ3名のデザイナー。森に足を運び、それぞれの想いや問いからデザインを考えてきました。

「根本的なところに立ち戻って、人と樹の関係から考えた」という松井氏のベンチは、製材の技術を最大限に活かしたミニマムな構造で山にある樹の姿を想像できるように。

大阪の森を案内されたときにシミや節が多いなどの理由で「C材」や「D材」と呼ばれる木材があることを知った辰野氏は「同じように50年生きたもの同士なのにそんなに差が出ちゃうなんて、それってどうなんだろう」という想いからその個性を魅力としてデザインを

そして佐野氏は「万博の半年間のためにベンチになるのではなく、材料の姿として半年間存在させ、終了後は次の姿に」という発想で、万博会場で乾燥工程を行うチャレンジも

それぞれのアプローチで樹のためのデザインを発想し、製材所などと協力して完成したベンチ。「なんだか話を聞いていると自分が樹になった気分になってきました。私のまずいところもいいところも全部使えるようにしてもらえたっていう喜びを感じます」と話すのはファシリテーターを務めた木田氏。「まさにデザインによって奥行きが出たプロジェクトになったのではないでしょうか」。

デザインによる価値転換。プロジェクトを立ち上げた西田氏は「ひとつの物の背景にこれだけの物語と人の想いがあるんだっていうことを、とても深く感じられたというのが自分の中ですごく大きい変化。物を見る目が本当に変わりました」と語りました。

「想うベンチ」が未来に繋ぐもの

「想うベンチ」プロジェクトは、プロジェクトを運営するエイチ・ツー・オーリテイリング株式会社による「大阪 森の循環促進プロジェクト」の一環。代表取締役社長の荒木氏は話します。「日本の森林面積は20年前と変わっていないにも関わらず、CO2の吸収は半分になってしまっている。森が高齢化しているからだと聞きます。だから大阪の木材を使って、大阪の森を循環させていく一環として、このプロジェクトはあります。ただ、それだけではなくて、ITやAIといった効率化、デジタル化の社会の流れの中で、なにか人のぬくもりに繋がっていくことも大事なのではないかなと。胃カメラの時に看護士さんが背中をさすってくれるのって、やっぱり薬とかには変え難い何かがあるじゃないですか(笑)。そういう手触りを木に感じるんです。だからこそ、大事にしていきたい」。

ではどう未来に繋げていくのか。それぞれの想いや視点を語り合いました。

服部

「昔は“最先端”っていうと自分の生活から離れたずいぶん遠い存在だったと思うんです。でもスマホができて、ぐっと近づいた。むしろ今、こういう森のプロジェクトって最先端のことなんじゃないかと」

木田

「私もすごく最先端だと思ってます。ちょっと前はグローバルに展開することが最先端という感じがあったけど、今はそれぞれの地域、自分のいる場所で、その周りの資源とかに目を配りながら独自なことをやっていくことが最先端と感じています。世界のあちこちでちいさな実験がたくさん行われていて、その状態がすごくいいですよね。未来感があるなって」

松井

「これまで木の家具のデザインをずっと考えてきたわけですが、このプロジェクトに関わって改めて考えてみると、自分の頭の中で大阪の森と繋がって考えてなかったなと。考えれば、木って見方を変えれば何にでもなるんですよね。家具はもちろん、お箸にも楽器にも。例えば子どもが生まれた家庭に大阪産の木材でつくったファーストチェアをプレゼントするとか、子どもを考えるということは未来を考えるということ。それぞれの分野のプロの方たちが集まってそういうことができたらいいなと」

辰野

「プロジェクトに参加させていただいたことで、使いにくいって言われる材をどうやって活用すればよいのかを考え続けていて。今は家具メーカーのカリモクと一緒にそういった木材の活用について実験をしていて、こういう使い方もできるのではないかという可能性をシェアできるような展示を企画しています」

佐野

「今の世の中って3年で結果を出したいとか、100倍の価値を出したいとか、そういう価値観。このままだと、僕たちが使っていきたい100年生とか300年生とかっていう木は将来もう手に入らないのかも、と思ってます。だからそれが残る林業の仕組みを作ろうと、新しい事業を立ち上げたりしています。そういうことをやろうとしていること自体が、また周りに伝わってこれまでと違う流れが作れたらと。木の話になると、どうしても“材料”の話になってしまいがちなのですが、これ自体が文化をつくるんだというムードをつくりたい」

デザイナーの3名。会場には製材所やワークショップ運営などプロジェクトを支えてくださった方々も。
ベンチの製材を担当した松葉善製材所の松葉氏
プロジェクトパートナーである大阪府みどり公社の薬師寺氏

プロジェクトに関わった他のメンバーも、会場から語りました。

松葉

「今回のデザイン案を実現するために、我々製材所のセオリーではこれまでなかったようなやり方に挑戦しました。丸から四角に製材するのが普通なのに三角に製材したり、乾燥してから納品するところを乾燥させながら展示したり。そういったことで木に新たな価値が見出せるのだなと体感できたことを今後につなげていきたいです」

薬師寺

「森の樹は例えば150年前に誰かが植えてくれて一所懸命育ててくれたから今がある。その人たちは未来の世代に向けて植えてくれたわけです。だから次の150年先のためにまたその森をなんとか引き継いでいきたい。その使われる方法として今回のプロジェクトがひとつの方向性を示せたのかなと。我々林業側とお客様に届ける側が力を合わせて今までと違う展開をしながら未来を見ていきたいなと思います」

万博でたくさんの人々に座っていただいたベンチは、万博終了後、大阪府内の小学校や幼稚園などで使われる予定です。

荒木

「今日の話はプロジェクトのたくさんの深い想いのほんの一部ですが、また新たな場所で、こういう想いに共感して使っていただけることがなによりうれしい。子どもたちにはぜひベンチや樹の気持ちになってもらいたいですね」

万博会場「静けさの森」に設置された想うベンチ。ベンチには二次元コードがつけられており、「想うベンチ」サイトプロジェクトに掲載された、たくさんの「想う」を読むことができる。
佐野氏(左)と話すのは、万博会場後にベンチの設置が決まっているとよなか文化幼稚園・伊丹 森のほいくえんの理事長、松田氏。「佐野さんのベンチ、いつか子どもたちと一緒に解体して自由に何かを作らせようと思っています」と松田氏。

「『想うベンチ』が問いかける未来:樹と人の関係を再構築するデザインの力」開催概要

日時:2025年9月6日(土)13:00-14:30

場所:大阪・関西万博 カルティエ ウーマンズパビリオン2階「WA」スペース

主催:エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社