始発の電車に乗って通勤していた時、いつも途中の駅から乗ってくる女性がいた。彼女は私と同じ駅で降りていた。彼女の制服から某有名ハンバーガー店のスタッフであることはわかっていた。一度も話したことはないけど、なんとなく乗ってきてくれるだけで憂鬱な早朝出勤の仲間がいる気がした。
時々、ぼんやりしたくなって広場のベンチに座ってみる。隣に座っているあの人は待ち合わせなのかな? 皆、何のために座っているんだろう。足が疲れて休憩? それともなんとなく? 思い出の場所とか? カフェや自宅ではなく共有の空間で過ごす意味や目的とは。
ベンチに座っている人の想いを、少しだけ知りたくなって声をかけてみました。
10月30日:中之島公園にて
大阪のオフィス街に隣接した中之島公園は、市民の憩いの場である。
10月末のある日、秋の気配を感じつつも、まだまだ暖かい絶好のお散歩日和。
少し歩くだけで、ウェディング撮影をしている幸せそうなカップル、犬の散歩をしている人、外回り中の休憩なのか一息ついている会社員風の男性、はたまたデートを楽しんでいるのか散歩中の高齢のご夫婦など、いろんな属性の人に出会うことができる。
「意外と集中できるんですよ」(Yさん・大学生)
「ちょっとだけ、いいですか?」
怪しい声かけにもかかわらず、にこやかに応対してくれたのは大学生のYさん。ふわふわのベストが秋らしい装いだ。
iPadで何かお勉強中のようで…。尋ねると、友人との待ち合わせの間、川沿いの階段に座って学校の課題をされていたそう。
「よく、こちらには来られるんですか?」と聞くと、「風が気持ちいので時々来るんです」とのこと。
カフェで勉強も良いけれど、隙間時間にこうして風にあたりながら、お勉強すると頭に入るんですって。
人も混みすぎておらず、開放感もあっておススメだそうです。私も学生の身なので、こんな素敵な空間でお勉強したいなと思いました。
「今は階段に夢中」(K.Iさんと娘さん)
続いて声をかけたのは、可愛らしいお嬢さんを連れたママさんです。
お子さんを連れてお散歩に来たとのこと。
「ここへはどうして?」
「近くの公園も飽きちゃって、子どもが1歳半を過ぎて自転車に乗せれるようになったので、ここまで足を伸ばしてみたんです。最近は、階段を上るのにハマってて」
一生懸命に階段を上るお嬢さんを見て、うちの子の小さい時を思い出したりして思わず感情移入。わかります、わかります、この一生懸命な尊さ。
ここは緑も多いし、車も来ないので安心して遊ばせられるんですとのことでした。最後に手を振ってくれた娘さん、ありがとうね。


1月31日:南千里駅駅前広場にて
大阪のベッドタウン、千里ニュータウンの最初にできた駅として知られる阪急南千里駅。
1日平均の乗降は18,000人ほどと決して多いとは言えないが、駅前の広場には地域の子どもやお年寄り、近隣大学の学生などさまざまな人がそれぞれの時間を過ごすために集まってきているようだ。
駅近くにはスーパー、スタバ、ドーナツショップ、コンビニがあり、そこで買ったものを片手にお話しされている方もいるようです。
通るたびに、広場の花壇やベンチに座る人がどんな人たちなのか気になっていたので、思い切って聞いてきました。
わたくし、今回の取材を通して、ただ通り過ぎるだけでは知ることができない人生の面白さや深みを学ばせてもらいました。
「死ぬ度胸あったら生きれるんや」(NAOTOさん・70代男性)
明日から寒波が来るぞと言われていた1月の終わり。
コンビニの前に自転車を止め、元気の活力でしょうかノンアルビールを片手に休憩していた気の良さそうなおっちゃん。
インタビューを許可してもらうために「この近くの学生なんですけど……」と話しかけると、「なんやあそこの学生かいな。話ぐらいなんぼでもしたるわ。そのかわり長なるで」とのこと。男に二言はあらず、みっちり一時間ほどお話してくださいました。
今日はお仕事の帰りですか? と尋ねると、植木の剪定をされているそうでその帰りにここのコンビニによってガソリン補給(ノンアル)をしながら、今日の晩御飯なに作ろっかなーと考えてはるんですって。
聞けばNAOTOさん、若いころから園芸一筋という訳ではなく、大学卒業後は印刷業を経営された後、事業が傾き50歳から剪定職人の道へ。
でもその後も人生は波瀾万丈、やっと剪定のお仕事にも慣れてきたころに食道ガンが発覚。「最近の医者ってな、隠さんと直接的にガンや言うてくんねん。宣告された日はショック過ぎてタバコ吸うたわ」と明るく笑うNAOTOさん。「せやけど医者がな、切ったら治る言うてくれてな、ほんなら頑張ってみよか思ってそっから毎日体力づくりや」。手術に備えて最初は病室で、次に廊下で、最後には公園で毎日欠かさずストレッチをしたそう。結果手術は成功し無事に退院できたそう。でも1年程の入院生活は意外にも楽しかったそうで、「4月になったら看護婦さんも新人さんが来るやろ、俺の方が病院長いからな注射とかされるとき大丈夫かいなとか言うたんねん。あとな、病院の中の文化祭で川柳が表彰されたんも嬉しかったな」。
今は、お仕事のかたわら休みの日には、美術館や博物館に行かれたりもするそう。「一人で見に行くのはええねん。でも帰りがごっつ寂しなるからな、美術館行ったら帰りは友達と飲むことにしてるんや」。
30代での印刷業の廃業、50代での新しいキャリア、そして闘病。いろいろなことを経験されながらも、「死ぬ度胸があったら生きれるんや」というマインドで走り続けて来られたNAOTOさん。「やりたいと思ったらなんでもやってまうんや」とおっしゃっていましたが、77歳とは思えぬバイタリティーに私も見習わなければと思わされました。
2月27日:再び、南千里駅駅前広場にて
「天気がよかったから、ここでぼんやりしようと」(Nさん)
思わぬ出会いがあった南千里。もっとこの場所を利用する人の話を聞きたい、そう思った私は自然と電車を乗り継ぎ南千里駅へと向かったのです。
前回と違う時間に行けば、もっといろんな人に出会えるかも……期待に胸を膨らませ到着した時刻は午前9時半。ちょうど通勤ラッシュが終わったころかな~と思っていたら、なんと全然人がいない!! 前回NAOTOさんにお話を聞いたあの広場には誰も座っていなかったのです。
しょんぼりしながら、駅の周囲をぐるりと散歩してみると、ショッピングセンター(トナリエ南千里)前のベンチでゆったりと過ごされている女性を見つけました。
「ちょっといいですかー?」私が声をかけたのは、私と同じような大きめのリュックサックを足元において、ぼんやり時間を過ごされていた女性。特大リュックを持っているだけで妙な親近感を持ち、勇気を出して声をかけることができました。
「今日はどうしてこちらに?」
「役所に書類をもらいに来る用事があって来たんですけど、仕事までここで過ごそうかなと思って」
南千里の駅前には、吹田市役所の出張所があるそうで、Nさんは用事のあと出勤までをここで過ごすことにされたそう。駅前にはスタバをはじめ、いくつかカフェもあるのにここで時間を過ごすことにしたのは? と尋ねると、短い時間だけ利用するのも悪いし、今日は天気も良かったからとの回答。
「それに、外だと季節の移り変わりも感じられますしね」とNさん。
確かに、カフェで過ごすのも悪くないけど、風の匂いで季節を感じることができますもんね。実はNさん、ずっと子どもにかかわるお仕事をされているそう。季節ごとのイベントを意識する保育士さんならではの感覚かもしれませんね。
「大げさなことは何もないけど、この場所が好きなんです」


みんなどこかで繋がってる
偶然かもしれないが、声をかけてみると、みんなに自分との共通点があった。
ベンチに座っている人に声をかけただけなのに、不思議と自分は一人じゃないんだって気になれた。スマートフォンを通じて誰かと繋がることがたやすい時代に、あえてオフラインで出会うことに意味があるのかもしれない。
外に出てベンチに座ってみる。誰かと同じ空間を過ごす。隣に座った人の息づかいを感じる。
取材を通じて出会った人と話をするうちに、早朝の電車で一緒だったバーガーショップのお姉さんに会いたくなった。
一度も話したことなんてなくても、誰かを勇気づけていることもあるかも。そう思うと、憂鬱な満員電車で出会う人や、近所をすれ違う人との出会いをもっと大切にしたくなる。スマホばっかり見ずに顔をあげて歩かないとな、と思った。
大阪府民ボランティアライター「想うライター」について
「想うライター」のメンバーは、大阪府に居住または通勤・通学している学生・社会人です。「想うベンチプロジェクト」のテーマ「いのちの循環」を軸に自分の興味・関心を起点にした企画を立て、プロの編集者のアドバイスやサポートを受けながら、取材・原稿制作を行っています。