意外と近くにあるやん!「私が私に還る場所」

いのちのこと

文:田川優(大阪府民ボランティアライター)

一体なぜ? 人が焚火に惹かれる理由を考える

「命」というテーマを考える際、私が初めに思いついたのが「焚火の炎」であった。

命は私達に一番大事なモノと言うより、「私達そのもの」であり、それゆえ色々なモノから命を連想する事が出来ると思う。

そんな中、私はなぜ、数多有る他の候補では無く即座に「焚火の炎」を命と結びつけたのだろうか。

「火は人間が生きていく際に必ず必要なものだから」

「偉大な自然の象徴たる存在だから」

等々、色々理由付けはあると思うが、それならなぜ「火」では無く「焚火の炎」に限定して「命」を感じてしまうのだろうか。

言っておくが私はこれまで昨今の流行りにのって1、2回気まぐれにキャンプをした事があるだけで、焚火がそれ程身近では無い環境に生きている。「焚火の炎」よりむしろ毎日使用する「ガスバーナーの火」の方が身近だ。

しかし、どう考えても「ガスバーナーの火」に「命」を感じる事は出来ない。同じ「火」で有る事には変わりないのに、なぜだろうか……

護摩焚きから悟る炎に惹かれる理由

今回、自分の中のモヤモヤを払拭すべく大阪・高槻市の神峯山寺に訪れた。

こちらのお寺は697年に開山された天台宗のお寺である。

最寄りの高槻市駅から1時間に2本のバスに30分近く乗車し、その後山道を20分歩かなければ成らない非常に利便性の悪い場所で、枚方市の我が家からは電車を乗り継いで片道2時間30分かかる。1日仕事だ。

そんな場所に訪れたのは1日1度催される「毘沙門不動護摩祈願」に立ち合う為である。

「毘沙門不動護摩祈願」とは護摩の炎に願いを記した護摩木を投げ入れ毘沙門天と不動明王に祈願を届ける儀式である。

平日にも関わらず、連日大勢の方が祈願に訪れるというが、

「人々は何を思ってここに来るのか」

「護摩の炎に何を感じるのか」

「祈祷するお寺の方は炎に何を感じるのか」そして何より「自分は炎と対峙して何を感じるのか」を知り「自分がなぜ炎に命を感じるか」という疑問への答えとなる道しるべを探りに来たわけである。

写真撮影が禁止されていた為、情景を伝えられない事が非常に残念だが、結論として「五感から感じる事が出来る焚火の炎は命そのものであり、炎と向き合う事は自分自身に向き合う事に他ならない」と感じた。

何となく「護摩焚きは外で行われる」と予想していたが予想に反して屋内で行われた。

真冬だが小さな古い石油ストーブが稼働されているだけで、非常に寒い。

しかしその凛とした空気のお陰で私の気分も引き締まり、静寂の中響いていた住職の祈祷の声がなぜか空気の一部となった様な不思議な感覚を覚える。

願いが書かれた木札が投げ込まれ、力強いが静かな火が生まれる。

人間の心と炎の動きの類似性とは

焚火の炎は常に動きがある。「見た目(視覚)」には「赤、オレンジ、青等々」と1秒たりとも同じ色で留まる事は無く、「音(聴覚)」としてもずっと同じ音で有る事は無い、勿論触れば「温度変化も感じる(触覚)」事が出来るだろうし、「匂い(嗅覚)」も刻々と変わっているのであろう。

そのように焚火とは「常に動きがある」にも関わらず、なぜか一定の静けさや一体感を保っている。

それは様々な感情や感覚を持ちながらも1つの人格やアイデンティティを保つ人間に酷似していると感じた。

ガスの火は温度も色も一定で動きが無い。そこに命を感じる事が出来ないのは至極当然の事なのだ。

またそういった「一定の静けさ」がある炎を見つめると、たった15分程度の時間だが雑念や煩悩が消え心が空っぽになり、「本当の自分の声」に向き合う事が出来た。

普段(近年特にスマホが普及してから)このように「自分の心の声」と向き合う事が減ってしまった現代人にとって、焚火の炎は心を空っぽにし、命(本当の自分の声)と向き合う機会を与える存在であると強く感じた。

この事を私は潜在的に気づいていたのだと思う。

媒体が必ずしも「焚火の炎」である必要性は無いが、今後は意識的に自分という命そのものに向き合い心の声を聴いていきたいと強く感じた。

「わざわざ自分で火起こしする事無く、焚火の炎を通じて自分を見つめなおす事」に興味を持たれた方、寺の情報を以下に記しておいたので、是非訪れていただきたい。

車の運転が得意な方には駐車場(3時間まで500円)が併設されているので車での訪問をお勧めする。 


日本最初毘沙門天 根本山 神峯山寺 寶塔院

〒569-1051 大阪府高槻市原3301-1


TEL:072-688-0788 


FAX:072-680-2133

拝観時間 午前9時から午後5時

JR高槻駅北ロータリー(阪急前)より、市バス「原大橋」行バスで約20分。「神峰山口」バス停下車。東へ徒歩約15分。